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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)3210号 判決

原告 秋本敏子こと 金敏子

〈ほか五名〉

右原告ら六名訴訟代理人弁護士 大橋茂美

同 村橋泰志

被告 株式会社丸登運送

右代表者代表取締役 登内秀男

右訴訟代理人弁護士 平野保

被告 錦建設株式会社

右代表者代表取締役 山田喜代師

右訴訟代理人弁護士 伊藤公

主文

被告株式会社丸登運送は、原告金敏子に対し金六三万三三三三円、原告朴龍一に対し金五九九万五〇〇〇円、原告朴明子および同幸子に対し各金二二六万五〇〇〇円、原告朴泰京および同李伍花に対し各金二五万円および右各金員に対する昭和四四年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告株式会社丸登運送に対するその余の請求および被告錦建設株式会社に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの連帯負担とし、その三を被告株式会社丸登運送の負担とする。

この判決は、原告ら各勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、亡秋本欣志こと朴七星が建築工事の下請負を業とする秋本工業所に所属する鉄工技術者であったこと、右朴七星が昭和四三年七月一〇日午後四時二五分ごろ、訴外住友建設株式会社が請け負って建設工事を施工中の名古屋市熱田区伝馬町四丁目一〇番地所在の名古屋高等無線電信学校の鉄筋コンクリート六階建ビルディング建築現場の鉄骨梁上において右訴外会社から下請負にかかる作業に従事中、訴外中村範治の運転にかかる被告丸登運送所有のトラック・クレーン車(カトウ三五HB型)に吊り下げて運搬されていた鉄柱が急激に落下し、折柄、右鉄骨梁上の別紙(一)の図面に記載のC2の地点に待機していた朴七星に、右鉄柱が衝突したか、あるいは右鉄柱が組立中の右C2の地点の鉄柱上端附近に激突したかどうかは暫く措き、同人は約一三メートル下の地上に転落し、よって頭部挫滅創等により即死する事故が発生したこと、被告丸登運送が貸物自動車運送事業およびこれに附帯する事業を営むことを目的とする株式会社で、右名古屋高等無線電信学校ビルディングの鉄骨運搬を担当していたこと、中村が運転手として雇用された被告丸登運送の従業員で、右トラック・クレーン車を運転して鉄骨類を吊り上げ、右ビルの所定の位置にこれを運搬、定置する作業に従事して右被告会社の業務を執行していたことはいずれも当事者に争いがなく、被告錦建設が土木建築の設計、施工、請負およびこれに附帯する事業を営むことを目的とする株式会社で、前記訴外会社の下請負業者として右ビルの鉄骨組立工事を担当していたこと、大下、三浦の両名がいずれも被告錦建設の従業員(いわゆる鳶職)で、右ビル建築現場において中村のクレーンで吊り上げた鉄柱が所定の位置に運転、定置されるように、右中村の行うクレーン運転につき指示し、誘導する作業を担当し、もって右被告会社の右業務を執行していたとの原告主張事実は、原告と被告錦建設の間において争いがなく、原告と被告丸登運送との間においては、同被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。

二、被告丸登運送が本件トラック・クレーン車を所有するものであることは前記のとおり当事者間に争いがなく、しかして、この種のクレーン装置の設備を有する自動車は、単にこれを走行する場合に限らず、本件におけるように右自動車が停止状態でそのクレーン装置をもって物件を運搬するために操作される場合はまた自動車損害賠償保障法三条にいわゆる自動車の運行にあたると解すべきであることは多言を要しないところ、冒頭一に記載の事実に徴せば、被告丸登運送が右トラック・クレーン車を自己のために運行の用に供するものであることはまことに明白であり、右自動車の運転者中村範治に過失がなかったことを認めるに足りる証拠はないから、被告丸登運送は自動車損害賠償保障法三条にいわゆる運行供用者として本件事故によって生じた損害の賠償責任があるものというべきであり、したがって、同被告の免責の主張は採用の限りでない。

三、原告らは、本件事故は、被告丸登運送の従業員の中村と被告錦建設の従業員の大下、三浦両名の各過失行為が競合して発生したものであるように主張するが、本件全証拠によっても右事故の発生について大下、三浦に過失があったことを認めるに足りず、かえって、≪証拠省略≫に前記一の事実を総合すれば、本件事故現場は名古屋市熱田区伝馬町四丁目一〇番地所在の名古屋高等無線電信学校の地下一階、地上九階、塔屋三階の鉄骨鉄筋コンクリート建ビルディングの建築工事現場で、右事故当時、右ビル建築工事は、地下一階の鉄筋コンクリート工事と地上一階から同七階までのほぼ東側半分の鉄柱、鉄梁の組立工事がすでに終り、同じくほぼ西側半分の四階までの鉄柱、鉄梁の組立が終り、次いで同五ないし七階の鉄柱組立作業に取りかかり始めた段階にあったこと、亡朴七星は、訴外住友建設株式会社から右ビルの鉄骨製作等の仕事を請け負った有限会社三協工業所の鉄骨組立の請負業者である秋本工業所々属の鍜治工ないし鉄骨組立工として、同じく右住友建設株式会社から鉄骨組立等の仕事を請け負った被告錦建設の従業員(鳶職)大下伝治、同佐藤安宏らとともに右ビル五階下部西側の鉄骨梁上に在って同ビルの鉄骨組立の仕事に携わったのであるが、本件事故発生の直前の時点において、朴七星は右五階下部の別紙(一)の図面に記載のC2の地点にすでに組立中の鉄柱(右鉄柱の上端部分一メートル数十センチが右五階下部の鉄骨梁上に突き出ている)の傍らの鉄骨梁(幅二〇センチ近くのもの)上に右鉄柱に手を掛けるなどして立ち、後記のとおり中村がクレーンで本件鉄柱(3CD1~8L・8R、長さ約九メートル)を吊り上げ、運搬してきて穴ぐりなど組立作業に取りかかることができるようになるまで一時待機していたこと、そのころ、大下も同じく右五階下部の前記図面にG11Bと記載された箇所附近の鉄骨梁上に跨がり、中村に手信号で合図して同人のクレーンによる鉄柱運搬に指示を与え、これを所定の位置に誘導する仕事を担当し、佐藤はまた同じく右五階下部の前記図面に記載のD2の地点で朴七星と同様に鉄柱の仮締めなど組立作業に取りかかることができるようになるまで一時待機していたこと、これよりさき、中村は、本件建築工事現場西側のやや南寄りの位置に本件トラック・クレーン車を据え付け、そのクレーンの主ブームの長さを三〇メートルとし、これにジブ一二メートルをつないで(この高度で、作業半径が一〇ないし一八メートルの場合の許容巻上げ荷重は二・七トンである)、作業の準備を整えたこと、三浦はまた大下、佐藤と同じく被告錦建設の従業員(鳶職)で、クレーンで吊り上げる重量物件に地上でワイヤーロープをかける俗に「玉掛け」と称する仕事を兼務していたものであるが、中村が前記のとおり本件トラック・クレーン車を据え付けた後同人から最初に吊り上げる鉄柱の重量を尋ねられたことから、前記工事現場仮事務所の係員田井中某にこれを確かめたうえ、中村に本件鉄柱の重量が約三トン位であると教えたが、それは右鉄柱の正確な重量である三・〇八七トン余に比し大差がないこと、なお、右鉄柱は前記ビル五階下部の別紙(一)の図面に記載のD1の位置に組み立てられるべきものであったこと、かくて、中村は、本件トラック・クレーン車のクレーンを運転、操作してワイヤーロープ一本で、まず、右鉄柱を本件建築工事現場の西南隅の置場から空中高く垂直に吊り上げ、クレーンを東方に施回のうえ、右鉄柱を前記のとおり四階まですでに鉄柱、鉄骨の組立を終えたビルの西側部分上方の空間を横切ってさきのように待機中の朴七星の近くの前記C2の地点にすでに組立中の鉄柱のちょうど上空まで運んできたのであるが、その際、クレーンで吊り下げられた縦長の本件鉄柱の最下端が朴七星のほぼ頭上約四メートルの位置にあって、右鉄柱の建方作業にあたる大下や朴七星らの意図する高さより幾分高過ぎたため、大下は、朴らと連絡のうえ、右鉄柱の高度を少し下げることとし、地上でクレーンの運転、操作にあたっていた中村に対し、「少し下げよ」と手信号で合図したこと、ところが、右合図がなされるや否や、クレーンに吊られた本件鉄柱はそのままほぼ一挙に急降下の挙句、その下端部を、前記C2の地点にすでに組立中で、五階下部の鉄骨梁上に前記のように突き出ている前記鉄柱の上端附近にドスンと激突させ、これと同時に、その衝撃により、前記のとおり右C2の地点の傍らの鉄骨梁上に立っていた朴七星をして同所から約一三メートル下のコンクリート地面に墜落、即死させたこと、本件トラック・クレーン車のクレーン装置は、主ブームのみを使用する場合には、主ブームの長さを特に長くしたり、作業半径を極端に広くしない限り、巻上げ安全荷重がかなり大きいだけでなく、エンジン・ブレーキが使用できるため、重量物件の巻下ろしには時間はかかる嫌いがあるけれども、その速度が一定していて、操作に格別の困難を伴うことはないが、これに反し、ジブを併用する場合には、巻上げ安全荷重が決して大きくないばかりでなく、主ブームのみを使用する場合のようにはエンジン・ブレーキの使用ができず、単に足踏式ブレーキに頼るだけであり、したがって、物件の巻下ろしは、巻上げと異り、荷重が重力によって加速されやすいので、静かに、かつ徐々に下ろすことが必要であるから、足踏みベタルの操作としては、巻下ろし物件の重量に応じて、まず第一に、力一杯ペタルを踏み込み、そのうえで少しずつ足を緩めて徐々に物件を下ろすように調節しなければならないこと、しかるに、中村は、これを怠り、不注意にも、右のようなブレーキの調節を十分にしなかったため、本件鉄柱を前記のとおりほぼ一挙に急降下させ、その挙句、その下端部を五階下部の鉄骨梁上に突き出た前記鉄柱の上端附近に激突させる結果を招いたものであることが認められ、したがって、中村としては、右認定のように地上の本件トラック・クレーン車のクレーン装置の主ブームにジブを繋ぎ、これをもって本件鉄柱を一旦空中に吊り上げたうえ、さらにこれを鉄柱建方作業のため待機中の作業員数名がいる前記建築工事中のビル五階下部の鉄骨梁上の高所へ降下させようとするのであるから、クレーンで吊り下げた右鉄柱を不用意にすでに組み立てられた鉄柱、鉄骨梁などに接触、衝突させることのないようブレーキ操作を確実にするなどして事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務があるが、右認定の事実よりすれば、同人はこの注意義務を怠り、軽卒にも、右クレーン装置のブレーキ操作を誤り、右鉄柱を一挙に急降下させ、その下端部を右五階下部の鉄骨梁上に組立中の鉄柱上端附近に激突させた過失により、右梁上に待機中の被害者朴七星を右激突の衝撃で同所から地上に転落、死亡させるに至ったことが明らかである。

しかしながら、前記認定事実によれば、本件鉄柱は、もともと前記ビル五階下部のD1の地点に建てられるべきものであったのに、大下の合図により、中村がこれを被害者朴七星が近くで待機中の同五階下部のC2の地点に降下させたことは原告らの指摘するとおりであり、そして、もし大下が右C2の地点を避けてはじめから右D1の場所に右鉄柱を降下させるよう中村に指示、誘導すれば、その結果として朴七星が本件不慮の災厄に遭遇せずに済んだ訳であるが、中村が本件鉄柱を右C2の地点に降下させたことが大下の合図によるにせよ、同人の指示のとおりに中村が右鉄柱を少しずつ徐々に降下させ、決してこれをほぼ一挙に急激に降下させるようなことさえしなければ、本件事故は発生の余地は全くなかったものであり、そして中村がこのように大下の指示に反し、ブレーキ操作を誤って前記のとおり右鉄柱を一挙に急激に降下させるべきことを予見し、もしくは予見できるような事情のあったことを認めるに足りる証拠はないから、大下がその合図で中村に対し本件鉄柱を前記C2の地点に降下させるよう指示した一事によっては、これを大下の過失として本件事故発生の一因と認めることはできないし、また、三浦にしてみても、中村からはじめに本件鉄柱の重量を尋ねられた際、工事現場仮事務所の田井中係員に態々これを確めたうえ、正確には三・〇八七トン余ある右鉄柱の重量を中村に約三トン位と教示し、彼此大差のないことは前記認定のとおりであるから、本件事故の発生について三浦にも原告ら主張のような過失があると認めることはできない。

そうとすると、本件事故の発生について大下および三浦に各過失のあったことが認められない以上、原告らの主張するように右両名の使用者である被告錦建設に民法七〇九条、七一九条一項、七一五条を適用して亡朴七星の本件死亡によって生じた損害の賠償責任を負わせることはできないといわざるを得ない。

四、よって、以下に被害者朴七星の本件死亡によって生じた損害額について判断する。

1  亡朴七星の損害

(一)  逸失利益

≪証拠省略≫によれば、亡朴七星(一九二九年七月七日生れ)は、本件事故当時、満三九才の鉄工技術者(鍜治工ないし鉄骨組立工)で、前記のとおり鉄骨組立の請負業を営む秋本工業所(責任者秋本こと朴虎吉)に所属して鉄骨組立の現場仕事に従事し、一か月につき金八万七六〇〇円(右事故前の昭和四三年三月から同年六月までの四か月間の平均額)程度の収入を挙げていたこと、したがって、もし本件事故に遭遇しなければ、その高所における技術的、筋肉労働たる職種にかんがみて、将来なお一九年間は就労することができ、そしてその間、毎月、右月収額からその三分の一に相当する金二万九二〇〇円の生活費を差し引いた残額金五万八四〇〇円の利益を挙げることができたであろうことが認められ、したがって、右利益額は年額にすると、金七〇万〇八〇〇円であって、亡朴七星は本件事故によって死亡したため、この得べかりし利益を失ったわけであるが、いまその現在額を、右金七〇万〇八〇〇円の年間利益額と一九年の就労可能期間を基礎とし、ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、金九一九万円(700,800円×13.116=9,191,692.8円。ただし、一万円位未満の端数切捨)となる。

(二)  慰藉料

亡朴七星が本件死亡により被った精神的損害に対する慰藉料としては、当裁判所は金二〇〇万円をもって相当と認める。

2  原告ら遺族固有の損害(慰藉料)

(一)  原告金敏子が被害者朴七星の妻、原告朴龍一、同明子および同幸子がいずれもその子、原告朴泰京および同李伍花がその父母である事実は、原告らと被告丸登運送の間で争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、亡朴七星は、生前、前記のとおり鉄工技術者として稼働し、一家の支柱としてその生計を維持してきたものであるが、原告らは、本件不慮の災厄により突如右朴七星を失い、原告金敏子は若くして年少の子ら三人を残され、原告朴龍一、同明子および同幸子ら三名はいずれも未だ幼く、原告朴泰京、同李伍花ら両親はすでに年老いて、それぞれ杖とも柱とも頼む朴七星を奪われた悲しみはいか許りか察するに余りあるが、このことに原告金敏子については、同人が本件事故につき労働者災害補償保険から後記のとおり遺族補償年金を受領していることをも併せ考慮すると、原告らの被った右精神的損害を慰藉するため、慰藉料としては原告金敏子に対し金三〇万円、原告朴龍一、同明子および同幸子に対し各金四〇万円、原告朴泰京および同李伍花に対し各金二五万円をもって相当と認める。

3  過失相殺の主張に対する判断

ところで、被告丸登運送は、本件事故の発生については、亡朴七星にも安全ベルトを使用していなかった過失があるから、右事故による損害額の算定上は被害者の右過失をしんしゃくすべきであると主張し、朴七星が本件事故当時安全ベルトを使用していた様子のないことは、前記三に認定した朴七星の本件墜死の状況にかんがみて推測するに難くないところであり、一般に、墜落により危害を受けるおそれのある高所で作業を行う場合に、他に安全に利用できる危害防止施設があれば格別、そうでない限り、作業者に安全ベルトないし命綱を使用させることが、墜落による危害防止に役立ち、望ましい方法であることはもちろんであり、そして、≪証拠省略≫によれば、朴七星は、本件事故当時、安全ベルトを使用していなかったものの、これが着装は怠っていなかったものであり、そして右ベルトは、そのロープの末端を同人の身辺近くの組立中の前記鉄柱に取り付けるなどして容易に使用することができたことが看取でき、そうだとすると、もし、一挙手一投足の労を惜まずに、安全ベルトを使用しておりさえすれば、同人はあるいは墜死を免れたかも知れないと考えられないではない。しかしながら、すでに前記三で認定したように、朴七星は、本件事故発生の直前の時点において、前記ビル五階下部の前記C2の地点にすでに組立中の鉄柱の傍の鉄骨梁上で右鉄柱に手をかけるなどして起立していたものであって、その姿勢自体は静止していて、決して安定を欠くことはなく、しかも、その場所において現に作業を遂行していた訳でなく、単に、クレーンで鉄柱が運搬されてくるまでの間しばらく待機していたに過ぎず、鉄柱が運搬され次第、ただちに前記D1の地点へ移動しなければならなかったものであるばかりでなく、たとえ、安全ベルトのロープの末端を右C2の地点に所在の組立中の鉄柱に取り付けてこれを使用していても、右鉄柱(その上端部分僅か一メートル数十センチが前記のとおりビル五階下部の鉄骨梁上に出ているに過ぎない。)に本件のように上空からクレーンで吊られた鉄柱が急降下して彼此接触、衝突する事故が生じた場合には、前者の鉄柱に右ベルトのロープで連結された被害者の身に仮に高所からの墜落を免がれるにせよ、他のいかなる危害が振りかからないとは断言し得ないことに想いを到すときは、亡朴七星が本件事故当時安全ベルトを使用していなかった一事をもって、過失相殺すべきほどの被害者の落度としてこれを非難するのは当を得ないといわねばならない。したがって、被告丸登運送の右過失相殺の主張は採用できない。

五、ところで、法例二五条によれば、相続は被相続人の本国法に依るものと定められており、そして、≪証拠省略≫によれば、被相続人朴七星の本件死亡当時の本国は韓国であることが明らかであるから、同人の相続については、その本国法である大韓民国民法(一九五八年法律第四七一号)に準拠すべきところ、同法によれば、(イ)、相続人は、被相続人亡朴七星の妻(同法一〇〇三条一項)である原告金敏子、そのいずれも直系卑属(同法一〇〇〇条一項一号)である原告朴龍一、同明子、同幸子(同人は、≪証拠省略≫によれば、亡朴七星の死亡した前記昭和四三年七月一〇日の後である同年同月一一日に出生したことが認められるから、亡朴七星の相続開始当時においては胎児である訳であるが、前同法一〇〇三条三項によって準用される九八八条によれば、胎児はまた、相続の順位に関しては、すでに生まれたものとみなされるので、原告朴幸子は亡朴七星の直系卑属として、原告朴龍一、同明子と同順位で相続することになる。)の四名であり、(ロ)法定相続分は、被相続人の妻が直系卑属と共同で相続するときは、右直系卑属男子の相続分の二分の一(同法一〇〇九条三項)、被相続人の直系卑属女子はまた直系卑属男子の相続分の二分の一(同条一項但書)であり、なお、財産相続人が同時に戸主相続をする場合は固有の相続分の五割を加算すること(同前)とされ、そして、家族は婚姻すれば当然に分家し(同法七八九条一項)、分家したものは戸主となり(同法七七八条)、戸主相続においては、被相続人の直系卑属男子が第一順位で相続人となる(同法九八四条一号)ものと定められている。

しかして、≪証拠省略≫によれば、亡朴七星は、もと、戸主朴泰千(本籍韓国全羅北道郡山市松昌洞一八番地の一)の家族(弟の子)であったが、昭和三四年八月名古屋市で原告金敏子と結婚し、同月二八日婚姻挙行地(法例一三条一項但書)の同市中川区長にあてて右婚姻の届出をなして同日受理され、右婚姻により当然に分家し、戸主となったこと、原告朴龍一は昭和三五年四月二〇日朴七星と原告金敏子間に出生した後相続人朴七星の直系卑属男子であることが認められ、したがって、原告朴龍一は、韓国民法の前記規定に則り、朴七星の死亡により、その財産相続と同時に第一順位をもって戸主相続をすることになる訳である。

それで、以上述べたところによれば、原告朴泰京、同李伍花を除くその余の原告らの各法定相続分は、原告金敏子が被相続人の妻として六分の一、原告朴龍一はその直系卑属男子で、財産相続と同時に戸主相続をするものとして六分の三、原告朴明子および同幸子はいずれもその直系卑属女子として各六分の一であるから、この相続分に応じて、被害者朴七星の前記四の1の損害総額金一一一九万円について右原告らの各相続額を計算すると、原告金敏子、同朴明子および同幸子は各金一八六万五〇〇〇円、原告朴龍一は金五五九万五〇〇〇円となるから、これに前記四の2の右原告ら固有各慰藉料額を合算すると、その各損害総額は、原告金敏子が金二一六万五〇〇〇円、同朴龍一は金五九九万五〇〇〇円、同明子および同幸子は各金二二六万五〇〇〇円となる。

六、遺族補償年金の受領と右控除後の損害額

原告金敏子が本件事故について労働者災害補償保険から遺族補償年金の支給を受けていること、右遺族補償年金の年額が昭和四三年八月から昭和四五年一〇月まで金五二万三〇四五円、同年一一月から昭和四六年三月まで金六二万七六五四円、同年四月以降は金八二万二二二六円であることは原告らと被告丸登運送の間に争いがなく、そして、このように不法行為によって死亡した者の遺族が労働者災害補償保険法にもとづく遺族補償年金を受給する場合には、公平の理念に照らして、その受給する年金は、これを当該遺族が相続した死亡者の逸失利益による損害賠償請求権の額から控除するのを相当とするべく、しかして、亡朴七星の本件死亡の翌月昭和四三年八月から本件口頭弁論終結時の昭和四七年一月までの期間の分として原告金敏子がすでに受給したか、または受給すべき遺族補償年金の額を、右期間中屡次にわたり改定された前記年金の年額を基礎として計算すると、金二一二万三五六二円(528,045円×37/12+627,654円×5/12+822,226円×10/12=2,123,562円08銭。円位未満の端数切捨。)となるが、右金額のみをもってしても、原告金敏子の前記相続額のうち、亡朴七星の慰藉料以外の逸失利益の損害賠償請求権の相続額金一五三万一六六六円六六銭(9,190,000円×1/6=1,531,666円)全額を填補するに十分であるから、原告金敏子が本件口頭弁論終結後の将来にわたって受領すべき年金額の現在価を算出してみるまでもなく、同原告の右逸失利益による損害賠償請求権は存在しないことになり、したがってこれを同人の前記損害総額金二一六万五〇〇〇円から控除すると、右控除後の損害額は金六三万三三三三円(円位未満の端数切捨)となる。

七、以上の理由により、被告丸登運送が本件事故による損害賠償として支払うべき金額は、原告金敏子に対し金六三万三三三三円、原告朴龍一に対し金五九九万五〇〇〇円、原告朴明子および同幸子に対し各金二二六万五〇〇〇円、原告朴泰京および同李伍花に対し各金二五万円となるから、原告らの同被告会社に対する本訴請求は、右各金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一一月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容するが、同被告会社に対するその余の請求および被告錦建設に対する請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村利男)

〈以下省略〉

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